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by KOMISANPASTEL
| 2016-09-27 12:36
妻と箱根に滞在後、開成町の酔芙蓉を見に行こうと、日中の強い日差しを避けて朝の早めの出発でした。町の酔芙蓉のお祭り行事までは未だ1週間ほど間があって、開花状況には少し不安がありましたが、到着してみると見事に咲いていました。早朝であること、お祭り前であることから、見に来ている人の数も少なく、静謐な雰囲気で楽しめました。
しかし写真と違って絵に描く際は、お祭りころのほぼ満開の花を勝手に想像しながらの完成になりました。絵画の特権です。
我が家の庭にも数本の酔芙蓉が、このところ連日のように見事な花をつけていますが、最初の純白から、日を追ってピンクに、最後は酔いつぶれたように朱を強めて縮んでいく様子を見ていると、酔芙蓉と名付けた粋人のセンスが見事です。
しかし写真と違って絵に描く際は、お祭りころのほぼ満開の花を勝手に想像しながらの完成になりました。絵画の特権です。
我が家の庭にも数本の酔芙蓉が、このところ連日のように見事な花をつけていますが、最初の純白から、日を追ってピンクに、最後は酔いつぶれたように朱を強めて縮んでいく様子を見ていると、酔芙蓉と名付けた粋人のセンスが見事です。
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by KOMISANPASTEL
| 2016-09-27 08:44
度々ながらブログへの投稿を怠り、秘かに日暮れ時とはお別れかなと考えていました。数日前妻の友人から私のブログを楽しみに見ている旨のメッセ―ジを頂きました。
これは申し訳ないとの想いで、また伊藤さんが作ってくれた投稿の手引き書を引き出してきて進めています。
長雨が続いたこの9月に、予報で2日続きの晴天予報があり、妻と真鶴経由で箱根に出かけました。中川一政美術館等を見学後、75号線経由で箱根に向かって山を上り、相模湾を広く見渡す展望台らしきところで一休みしていると、”しとどの窟”の案内板が目につきました。源頼朝が伊豆で旗揚げして初戦に敗れ、逃げ込んだ洞窟というあれです。
このところ歴女を任じている妻 が、俄然見に行くと張り切るのでくっついて行くと、往時は山伏の修験道という急坂を下ること30分、ありました! 歴女は感激しきりでしたが、私はこの坂道への入口までの導入路の、林道へ通ずる今は使われなくなったトンネルに興味を奪われました。
陽の当たりが悪い北側の入口の側面に浮き出た錆が見事な彩色でした。
長らくの逗留ができないので写真に撮ってきて、家の大きめのテレビで再現して、その薄気味悪さを感じながら絵にしてみました。
これは申し訳ないとの想いで、また伊藤さんが作ってくれた投稿の手引き書を引き出してきて進めています。
長雨が続いたこの9月に、予報で2日続きの晴天予報があり、妻と真鶴経由で箱根に出かけました。中川一政美術館等を見学後、75号線経由で箱根に向かって山を上り、相模湾を広く見渡す展望台らしきところで一休みしていると、”しとどの窟”の案内板が目につきました。源頼朝が伊豆で旗揚げして初戦に敗れ、逃げ込んだ洞窟というあれです。
このところ歴女を任じている妻
陽の当たりが悪い北側の入口の側面に浮き出た錆が見事な彩色でした。
長らくの逗留ができないので写真に撮ってきて、家の大きめのテレビで再現して、その薄気味悪さを感じながら絵にしてみました。
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by KOMISANPASTEL
| 2016-09-27 07:56
仙石原のススキ原は夏から秋にかけての、箱根の観光名所です。しかしこの時期を過ぎると、横の道路から車の窓越しに眺めて通り過ぎるだけの、人気のない場所に変わります。
昨年末の、多分初雪の後と思われる時期の夕刻、一人で散歩に立ち寄りました。日が沈み始めるころで、空が茜色に、遠くの外輪山が紫色に染まって、しばらく佇む美しい光景でした。
この3月末にここを車で通過した際は、野焼きの直後のようで、ほぼ全面黒々とした景色でした。
このおかげで今年も元気な緑が湧き上がって、見事な純白の穂が望めるススキの原が見られます。
昨年末の、多分初雪の後と思われる時期の夕刻、一人で散歩に立ち寄りました。日が沈み始めるころで、空が茜色に、遠くの外輪山が紫色に染まって、しばらく佇む美しい光景でした。
この3月末にここを車で通過した際は、野焼きの直後のようで、ほぼ全面黒々とした景色でした。
このおかげで今年も元気な緑が湧き上がって、見事な純白の穂が望めるススキの原が見られます。
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by KOMISANPASTEL
| 2016-03-31 18:35